ウトゥルンク山 (Bolivia)

ケテナチコ。

チコ(chico)は「小さい」という意味。
4kmほど南にケテナグランデというところがあるが、なぜかそのグランデ(=大きい)は小さな集落で、こちらチコの方が規模の大きな街。

こんなところで生まれたらどんな人生になっていただろうか。

小さな売店はあるもののレストランはなく、昼食はどうしようか、スナックでも買って食うか、と思ってたら宿のお母さんがスープを持ってきてくれた。

宿のお母さんは、ちょくちょく「アミーゴ! お湯!」とぶっきらぼうな口調でポットのお湯を入れ替えて持ってきてくれる。

水はいつでも出るが、電気は時間限定。
電気がある時にすべての電子機器を一斉充電しておく。

宿にはキッチンもあり。

この宿は売店も併設されているが駄菓子程度で、まともな栄養補給は難しい。
自炊メシにはうんざりしており、しかも低酸素のためスパゲティがうまく茹で上がらない。
すると宿のお母さんがパンを持ってきてくれて、1枚1ボリビアーノ(19円)で売ってくれた。

ぶっきらぼうなお母さんだが、いつも絶妙なタイミングでこちらの要望に応える気遣いをしてくれる。

翌日。
ケテナチコから約30km、ウトゥルンク山(6008m)の登山道口まで行ってみる。

持ち物は、テント泊に必要最低限のアイテム、水2L、パンとクッキー、パンク修理セット、電子機器類、その他細かい物。
それから、コカ茶2Lこさえて。

そういえば、少し前の投稿で「コカ茶にはハチミツも合いそう」と書いたが、その後すれ違ったドライバーからハチミツをいただいた。
そのいただいたハチミツをたっぷりと投入。
ただ、コカ茶自体はティーパックよりも葉から直接煮出した方がはるかにおいしい。
ちなみに、このドライバーからは日清の袋ラーメンもいただいた。

5:45、日の出とほぼ同時に出発。
気温-5℃。

序盤から砂道、全然乗れず、ほぼ歩き。

川はまだ凍っているが、日が高くなるとたちまち気温上昇。
上着を脱いでTシャツになる。

あのラインを登っていくのだな。

途中に街がないのはもちろんだが、車一台通らず、人っ子一人おらず。


右がウトゥルンク山。

久々の5000m。

過去の経験上、5000mを超えると格段に体力の消耗が激しくなるのだが、今回はけっこう大丈夫。
まあペースは落ちることは落ちるのだが、元気。


はるか眼下にケテナチコの街がかすかに。


やはり、5000mを超えてからが長い。

あと少し、が全然あと少しじゃない。

ただでさえ午後から強風が吹きつけるこの地、高山ではさらに容赦なく冷たい風にさらされる。
砂埃が巻き上がってるのかなと思ったら、これは火山ガス。

強い匂いが鼻をつく。
低酸素に加えてこんなガスを吸い続けたらおかしくなりそうだ。

いやそれでも、日本のマスク社会の方がはるかに息苦しく不健全で頭おかしくなる。
あんな牢獄に閉じ込められるぐらいなら、ここで自由を謳歌したい。

明確なゴールというのが、よくわからない。
車両の通行が可能な道路が終われば、そこがゴール。
しかしそれらしき地点に行っても、標識も何もない。
登山道なのか、さらに登ってみたが、積雪のためこれ以上は難しそう。

というか、いつの間にかウトゥルンクではなく隣の山の道にいる。
そんなわけで、ここをゴールとする。

標高5787m。

自転車による過去最高標高が5416mのトロン・ラ(ネパール)だったので、自己記録更新。

車両の通行が可能な道路としてはここが世界最高地点、らしい。
公認されているわけではなく、諸説あるかもしれない。
他にもあれば、挑戦したい。

出発地点のケテナチコとの標高差は1640m。

さて、下山。
日帰りにすべきか1泊にすべきかの判断は難しいところだった。
15時ぐらいに到達していれば、ギリその日のうちに宿に帰れただろう。
しかし想定以上にスローだったようで、もう17時をまわっている。

万が一のためにテントセットを持参してきたが、できれば日帰りが望ましかった。
過去最も重度の高山病になったのが、ヒマラヤトレッキングの山小屋で就寝した時のことだったので、あまり高いところで寝るのは避けたいのだ。
あの時は数kmおきに山小屋が点在しており、シェルパに救助されて一命をとりとめたが、ここは本当に誰もいない。

とにかく、日没までに少しでも低いところへ。
最低でも5000m以下まで下がりたい。
悪路のため下りでもあまりスピードが出ず、石と砂を避けるのに神経を使いながらも、ひたすら下った。

19時半、日没。
標高は十分下がった。
暗闇でこの悪路を走るのはムリだが、ヘッドランプで足元を照らしながら歩くことはできる。
宿の人は23時までは起きている。
このまま歩き続けて23時までに宿に戻れるだろうか。

20時半。
星がすごい。
宿まであと9km、この状況での9kmはとても長い。
しかも、この先は下りだけではなく登りもある。
観念して、その辺にテントを張って寝ることにした。
宿の人たちに心配かけたくなかったが、連絡手段は皆無。
不思議とこういう状況の時は空腹感もなく、何も食わず何もせず、シュラフに入って即寝。

翌朝。
明るくなっても乗ってこげるところは少なく、どのみち大半は歩くことになる。
街が見えてきた。


8時半、帰還。
宿のお父さんお母さん、やはり心配してくれていたようだ。
ごめんなさい。
コーヒーとケーキを出してくれた。

いやー、さすがにハードだった。
一日ベッドに横たわって、休んだ。


Uyuni, Bolivia



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