バーゼル→インナートキルヒェン(Switzerland)

34℃。
乾いた空気で日本の暑さとは全然違うとはいえ、これは暑い。

オメガブロッキング。
偏西風が蛇行することにより、高気圧がヨーロッパ南部をオメガ(Ω)状に囲って停滞。
晴天が続いて地面が加熱され、おまけにアフリカから高温の空気が流れ込む。
こうして、鍋に蓋をするかのようなヒートドームが形成される。
周期は一定ではないが、だいたい数日〜2週間ほどでオメガが崩れて偏西風が吹き込み、雨を伴う低気圧となって気温低下する。
この繰り返し。

この現象自体は以前からあるものだが、近年の温暖化によってヒートドーム形成の頻度と長期化の傾向が高まっている。

キャンプ場、33フラン(6440円)。

えっ!?
耳を疑った。
キャンプ場でこれは史上最高額。

円安+物価高+ピークシーズン、のトリプルパンチ。
今はどこのキャンプ場も「Fully Booked」と看板が出ており、車、特にキャラバンは予約してないとどこにも泊まれない。
サイクリストは予約なしでもテントを張らせてもらえるが、キャンプ場によってはお願いしてなんとかギリギリということもある。

どこの国も原則、野宿は禁止。
野宿するなら身を隠す必要があるが、スイスは森が少なく平地も少なく、人目につくところでテントを張ったりしたら確実に通報される。
キャンプ場でキャンプさせてもらえるだけでも助かると思わなければならない。

2012年にスイスを旅した記録を見返してみると、「キャンプ場は13〜15フランが相場」と書かれている。
場所によっては20フラン以上のところもあったようだが。
シーズンは5月でまだ低価格だった。

当時は1フラン=83円ほど。
13〜15フランだと1089〜1257円。
それでも「スイスたけえな」と愚痴をこぼしていた。
牧歌的な時代だった。

現在、1フラン=195円。
対ドルや対ユーロ以上に、対フランで円の相対価値はゴミクズ化している。
わずかな年数で世界は一変する。

国土の7割が山岳地帯。
耕地面積は限られ、資源もなく、産業といったら畜産業ぐらいの小さな内陸国。
もともとスイスはヨーロッパでも貧しい国だった。

他国と違ったのは、身体能力。
空気の薄い険しい山岳で鍛えられた屈強な兵士が育ち、傭兵として他国に派遣された。
体力だけでなく忠誠心の強さも高く評価され、スイス人傭兵は高値で取り引きされた。

19世紀に他国への傭兵派遣は禁止されるようになったが、バチカンのローマ教皇の護衛だけは例外で、現在もスイス兵が専属契約で警護を担っている。

資源のない小国だからこそ、自国独自の強みをブランド化して、付加価値をつけて他国に輸出する。
これがその後のスイス発展の原点となる。

標高1000m。
全然涼しくない。

湖畔のキャンプ場。

事前に「スイスで現金を用意する必要はあるかな?」と何人かに聞いて、皆「全部カードでいけるよ、現金はいらん」と言っていた。
でもやはり現金のみの小さなキャンプ場があったり、シャワーがコイン投入式というところもあったりするので、多少の現金は持っておくべし。
ここのキャンプ場はユーロでも支払いできた。

日中は、湖で泳ぐ人々でごった返す。
海でも川でも湖でも、白人さんたちはバッと脱いでバシャーッと飛び込んで水遊びするのが大好き。
この光景は世界各地で見てきた。

女性が人前で肌を見せる感覚も日本人とはだいぶ違うようで、年頃の少女から御高齢のマダムまで、ビキニで堂々とそこらを闊歩している。

スイスが中立国となったのは1815年。

西にフランス、東にオーストリア、北にドイツ、南にイタリア。
いずれもヨーロッパの一時代を築いた強国に囲まれたスイスは、緩衝地帯として中立化することが望まれた。
強国同士としても直接接触しないエリアがあるとリスクを減らせるし、スイス自身もいずれかの国と同盟を結ぶと自国が敵国との前線となってしまう。
そして公用語が4つ(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)あるスイスがいずれかの国と同盟を結ぶと、国内で分裂崩壊の危険性が生じる。

スイスの他に、オーストリア、トルクメニスタン、コスタリカ、ラオス、カンボジアなどが中立を掲げている。
しかしこれらの国などどうでもよく見えてくるほど、スイスの中立は徹底されている。

EU非加盟、NATO非加盟。
国連ですら2002年まで非加盟だった。
ただし軍事同盟や政治統合は拒絶するものの、WHO、IMF、OECD、その他数多くの機関には加盟しており、国際協調にはむしろ積極的である。

自国は自力で守る。
国民皆兵、有事にはすぐさま大規模な動員ができるよう体制が整えれられている。
自国に侵入するルートの橋やトンネルに爆弾が仕掛けられており、自国のインフラを破壊してでも侵入を阻止する。
第二次大戦中は、連合国だろうが枢軸国だろうが自国の領空を飛ぶ戦闘機は撃ち落とした。
あのヒトラーですらスイスには手を出せなかった。

畑に点在する何気ない小屋にも、実は戦車が格納されてるとかされてないとか。


理想論としての中立などではなく、実行型の重武装中立国。
それ自体がスイスのブランドのひとつとなって評価され、国際機関やNGOの多くがジュネーブなどに拠点を置いている。

傭兵稼業から始まって、時計を始めとする精密機械工業、製薬、ハイテク産業、秘密主義を徹底した金融業。
そして中立国という国家政策すらも自国ブランド化。
こうして牽牛な基盤を築いていったことで、小国スイスは世界第一級の国となっただけでなく、恒久的な安定感を維持できている。

バーゼルで出会ったWSホストから感じられた「信頼と品質」。
これはスイスの歴史そのものだ。

とはいえ、多くの国が抱える移民問題に関してはスイスも例外ではない。
今年6月、人口の上限を1000万人に制限する法案が国民投票にかけられ、反対55%で否決された、というニュースがあった。

スイスは北海道の半分ほどの面積に、人口920万人。
うち28%が外国籍で、年々増加傾向。
スイス人の出生率は1.3で減少確定。

移民は諸刃の刃。
必要ではあるが野放しにするわけにはいかない。
スイスがスイスであり続けるための法案だったが、反対意見として「日本のようになりたいのか?」という声も上がったそうだ。
移民に対する抵抗感から人口減少して衰退への道を歩む「Japanification」という言葉が広まりつつある。

どこの街にもある泉。
物価がイカれた国で、どこでも新鮮な飲水が得られるのは実に助かる。
2012年にスイスを旅した時は暑くなかったので、泉の存在はあまり意識しなかった。



ラウターブルンネン。

2012年に行きそこねてしまった場所を今回の旅で埋める。

観光地はどこも人混み。
特に今のシーズンは。


ふだんキャンプ場ではほぼ100%白人で、アジア人は僕ひとりだけ。
でも観光地に来ると、突如として中国人インド人をはじめとするアジア人が現れる。
日本人らしき人も見かけないわけではない。



ブリエンツ湖。


この日のWS泊は、こんな村。

レイクビューの一軒家。

夫婦そろってBrompton。
景気ええな。

世界各地を自転車で旅してきた夫婦。
日本も二度、冬の北海道も旅したことがあるそうだ。
今は子供がいて、長旅はもう難しいという。
夏季は週に一度ぐらいのペースでWSのサイクリストが泊まりに来るそうだ。

眼下にすぐブリエンツ湖。
夏はだいぶ空気が淀んでクリアではないけど、毎日家族で水遊びしている。



スイスに来たのに雪山見れませんね。

14年前、同じ場所で写真撮ってた。


インナートキルヒェン。


キャンプ場、26.30フラン(5127円)。

電源ボックスの近くを陣取り、延長コードでテント内に引き込む。

夕方、雨が降った。
ブリュッセルを発ってから、初の雨かな。
一気に気温低下。
思ってたより早くヒートドームが崩れてくれたのかな。

だいたいどこのキャンプ場も、テントサイトは日影なし。
日没は21時ぐらい。
日が沈んでからシャワーを浴びて、ようやく寝る態勢になれる。
それまでは炎天下でテント内にはいられない。

夕方に曇が出てきてくれるだけで、一気に快適。
いつもより早くテント内に入って、時間を有効活用できる。
ここは比較的条件の良いキャンプ場で、ダイニングもあり、涼しくすごせる。
たっぷり寝たくて、思わず連泊。



Innertkirchen, Switzerland 

1780km



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