チリ(Paso Entrada Mayer)→アルゼンチン(Paso El Bello) 国境越え
通例だと、オイギンスからフェリーで南下して道なき道を進み、アルゼンチンのエルチャルテンへと向かう。
しかしその国境は、パンデミック以降閉鎖されたまま。
オイギンスの少し北に別の国境が開かれており、現時点ではこれがアルゼンチンへの最短ルートとなる。
チリ側
来た道を北へ6kmほど戻ってから東へ。
アップダウンはさほどでもないが、石が大きめでスピードはあまり出せない。
もちろん、店や宿などのサービスは一切ない。
あるのはファームだけ。
国境が見えてきた。
立ちはだかる山々。
あの辺りの切れ目から抜けていくに違いない。
オイギンスから46km、イミグレーションに到着。
8~20時オープン。
この国境越えは、車やバイクは不可能、馬でも無理。
訪問者はサイクリストかトレッカーぐらいのもの。
5~6人の係員が出てきて、フレンドリーに迎えてくれた。
1人だけ英語を話せる人がいる。
かれらの仕事のメインは国境警備。
旅行者の相手はお遊びみたいなものなのだろう。
皆おしゃべりしたくてしょうがなさそうに、話しかけてくる。
建物内に通され、コーヒーとクッキーでもてなされた。
国境でこんな好待遇はそうそうないですよ。
なにやら、自転車の持込申請書(?)のようなものを出せと言う。
はて、そんなものは存ぜぬが。
かれらが言うには、チリ入国時にそういう書類を作成したはずだ、と。
いや、そんなものはまったくなかった。
とにかくそれが必要だということで、係員たちが書類の作成を始めた。
やはりチリは紙離れできてないんだな。
数人がかりでせかせかと書き込んだりスタンプを押したり。
僕はその間、英語を話せる係員と茶菓子をつまみながら談話。
かなりの時間をかけて、書類作成完了。
2枚の紙を渡されて、これをアルゼンチン側のイミグレーションで提出しろと言う。
御意。
所要40分。
いつもの国境越えでこんなに待たされたらイラついてしまうだろうけど、今回は休憩しがてらごちそうにもなって、良かった。
いざ出陣というところで、ここからどう向かえばいいのか。
目の前に大きな川があるが、橋が見当たらない。
どうすんの、と思ってたら車に乗せてくれた。
ここでは最も多い車種かもしれない、4WDピックアップトラックの本領発揮。
難なく川を渡る。
緩衝地帯
川を渡った時点で地理的にはアルゼンチンに入っているのだが、アルゼンチンのイミグレーションへはここから15kmほど緩衝地帯を進まなければならない。
道路らしい道路はなく、過去に誰かが通った跡や獣道などを手がかりにする。
Google Mapsにはこのルートは記載されていない。
僕が平生から愛用しているオフラインマップ、「Osm」と「Guru Maps」には記載されており、ルート検索でもバッチリ出る。
もちろんあらかじめ必要なエリアをダウンロードしておかなければならないのだが、オイギンスはネットがスーパースローでマップのダウンロードも相当難しいだろうから、その前から備えておくべし。
オフラインマップの話題になると、すぐにMAPS.MEの話を持ち出す旅人が多いが、僕はMAPS.MEは嫌いなので使わない。
見づらいし、情報量も乏しいし、サイクリスト向けでもない。
なんか、ふつうの道路。
と思ったら道を間違えていた。
これをそのまま行ったらチリに戻される。
国境警備員から最初の道順を教わっており、「右に曲がれ」と言われていた。
しかし右に曲がれるようなところはなかった、おかしいな。
GPSを見つめながら戻り、右に曲がる正確な場所を探る。
するとどうやら、このフェンスを乗り越えるらしい。
たしかにフェンスの向こうに、獣道らしきものが見える。
不自然にぶら下がっているヘルメットの残骸も、おそらく目印として誰かが付けてくれたのだろう。
荷物をはずして、ひとつひとつフェンスの向こうに置く。
最後に、自転車を持ち上げて有刺鉄線をかわすのはちょっと厳しいかな。
僕の自転車は、荷物をはずしてもなお規格外の重さなのである。
とそこで、通りすがりのチリ人夫婦が助けてくれた。
なんでこんなところを通りすがるのかさっぱりわからないが、パワフルな旦那さんが自転車を持ち上げてくれて、無事フェンスを越えることができた。
よくよくマップを見てみたら、ちゃんとフェンスも描かれているではないか。
しかし出だしからいきなりエキセントリックだな。
いよいよ獣道。
野宿する時も、森や茂みの中をかきわけて行くことが多いのでまあ慣れてはいる。
しかしこれは狭すぎだ。
植物のトゲが肌をガリガリと引っ掻いていく。
無類の短パン愛好家の僕としては、こんな状況でも長ズボンなんぞ履きたくない、というか長ズボンは持ってない。
バッグのストラップなんかもいちいち引っかかり、小枝がホイールやプーリーに巻き込まれる。
このルートは、登山道やトレッキングコースなどとも違う。
獣道は決して明確ではなく、不意に消失したり、別の獣道が現れたと思ったらてんで違う方向に導かれたりする。
そして、川。
たいした幅ではないが、なかなか流れが速く、底も見えない。
深さは膝ぐらいだった。
対岸は泥沼で、自転車も靴も泥まみれに。
まともに登りきれない超スティープな坂もちょいちょい出てきて、そのたびに荷物をはずして小分けにして運び上げる。
開けたところへ出て、ひとときの安堵。
しかし再びブッシュ。
むき出しの大自然では、方向感覚を狂わされる。
いくつもの獣道に惑わされ、気づくとまったく方向違いのところにいたりする。
少しでも広いルートがいいので、あえて違うルートである程度進んでみて、後から軌道修正したりもする。
自転車を置いて、歩いて周辺を偵察に行き、戻ってくると自転車が見つからなくて探しまわったりなんてことも。
19時。
まだ日は高く体力もあるが、今日はこの辺でストップしとくか。
なんと、イミグレーションを出発してから3時間半かけて、たったの3kmしか進んでいなかった。
感覚的には5~6kmは進んでいた気がしたのだが。
漫画「ファブル」で、主人公が山にこもるシーンが好きなのだが、「街で10km歩くより山で1km進む方が困難だ」みたいなことを言っていたのを思い出した。
翌日。
朝6時に出発。
ルート上で唯一の橋。
この吊橋がまた難関。
なんたって、この幅。
人間がギリ通れるほど。
床版は角材と釘と針金だけの手作り。
下は激流。
落ちたら余裕で死ねる。
また荷物をはずして小分けに運ぶ。
欲張って多くの荷物を抱え込むと、突っかかって通れない。
バッグ2個が限度。
最後に自転車。
横に並んで押して進むことはできないので、前に出てハンドルを引っ張りながら後ろ向きに進む。
ハンドルがまた吊橋のメインケーブルにいちいち接触するので、ちょいちょい持ち上げてかわしながら少しずつ進む。
4往復半。
この橋を渡るだけで20分ぐらいかかった。
開けた河原へ。
ゴツゴツの石でスムーズには進めないが、広く見渡せるというだけでも安心感が出る。
それでも、ちょっと油断すると方向がずれてくるので、こまめに立ち止まってGPSを確認。
自分の方向感覚を過信すべきではない。
ヒツジさん、、、
この辺りからイージーになってきた。
大きな障害物もなく、比較的明確な道筋がある。
倒木だらけの森。
また川。
かなり流れが速い。
深さは太ももぐらい。
ズボンが濡れるぐらいならかまわないが、バランスを崩してコケたりしたら終わる。
落ち着いて一歩一歩慎重に。
この川を越えたら終盤、完全にイージーモード。
全行程押して歩く覚悟だったが、ここからは乗ってこぐということができた。
一気にペースアップ。
またフェンス。
これは、はずして開けられるような仕掛けになっていた。
要は家畜の移動を制限するものなので、人間は出入りできるようにすべきもの。
そしてフェンスを越えるポイントには、なんらかの目印が付けられている。
今までと比べたら、これはもう立派な道路と呼んでも差し支えない。
記念撮影する余裕まで出てきた。
イミグレーションの標識。
最後の最後でまた川か、と思ったら立派な橋が架けられていた。
アルゼンチン側
昼頃に到着。
キャンプした時間を差し引くと、この15kmの移動に9時間を費やしたことになる。
8~20時オープン。
茶菓子こそ出されなかったが、ここの係員もフレンドリーに迎えてくれた。
必要なものはパスポートと、チリ側で渡された2枚の紙のみ。
今回の旅で、アルゼンチンに入国するのは3回目。
1回目と2回目は、あらかじめオンライン申請してPDFを提示したが、現在はそれも廃止されている。
コロナ関連もすでに完全撤廃。
基本的にはパスポートのみで、事前に準備すべきものはない。
1回目と2回目は電子的な手続きのみでノースタンプだったが、今回はパスポートにスタンプされた。
所要20分。
どうでもいいけど、チリ側でもアルゼンチン側でも、「これからどこへ行く?」とか「職業は?」というお決まりの質問をされた。
いつも思うのだが、いくらでもウソを言える確認不可能なことを聞いてどうするのだろう?
パスポートのICチップに入っている個人情報だけで満足してくれればもっと簡素化できるのに。
人間として基本的なやりとりができるのかどうかのテストでもしてるのかな。
以上、かつてないエクストリームな国境越えでした。
Gobernador Gregores, Argentina