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ティラナ(Albania)→チュニス(Tunisia)

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ドゥラス→バーリ ティラナから西へ40kmほど、港街ドゥラスへ。 今回の旅で利用しているeSIMアプリのHolafly。 無制限プランで目的地は「ヨーロッパ」に設定しているのだが、アルバニアはこの「ヨーロッパ」に入っていない。 でも対象国外でも1GBまでなら接続できる。 日本からエストニアに飛んだ時、経由地の北京でも接続できたのはそういうことだった。 ただこの対象国外では接続が悪く、特に田舎街ではいつまで待ってもつながらない時もある。 ドゥラスからフェリーでイタリアのバーリへ。 出港は23時。 乗船開始は19時半。 港に到着したのは16時。 10時間の航海。 €81.99(15203円)。 チェックインカウンターで、予約画面とパスポートを提示して、紙のチケットをプリントしてもらう。 長い待ち時間。 待合室はエアコンが弱すぎて居られない。 外の日影の方がまだ少し風が吹いてマシ。 非シェンゲンからシェンゲンに再入国するので、このフェリーは国際便。 出国手続きをすませてから乗船。 パスポートを提示して、簡単な質問をされただけ。 アルバニアレク。 ようやく乗船。 シャワーなし。 電源は、壁のコンセント早い者勝ち。 レストランは、サンドウィッチなど軽食のみ。 高いだけでサービスの悪いヨーロッパ。 今回の船旅も期待しないようにしていた。 案の定、気が利かない。 乗客は全員白人。 アジア人は僕だけ。 一応自分専用のシートが割り当てられているが、一度もそこには座らず。 人が少ないエリアの隅で壁のコンセントを確保して、横になって寝た。 床はカーペットで、マットなどいらずそのまま寝れた。 日本から持って来た冷感汗拭きシートがまだ残っている。 シャワーを浴びれない時は、これで全身を拭いてから寝る。 海外でもこういう便利アイテムは売ってるのだろうか、少なくともスーパーでは見かけないな。 バーリ→ナポリ 翌朝9時、バーリ港到着。 パスポートを提示して、難なく入国完了。 ここからナポリまで約300km、バスで行く。 このルートは2012年に自走している。 ひたすら農場地帯で、もう一度走りたいと思えるものではない。 当時はスマホも使わずに、複雑なヨーロッパの道路をよく走れたなとは思う。 バスや電車が苦手な僕だが、今はAI君があらゆる疑問について懇切丁寧に教えてくれる。 わざわざサイトを見て細部ま...

ティラナ(Albania)

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首都ティラナ。 35℃。 バルカン半島の一国だが、旧ユーゴでもないしスラブでもない、アルバニア人の国。 隣国のギリシャもそうだが、「ラテン・ゲルマン・スラブ」のいずれの系統にも属さない独自民族。 言語も、インド・ヨーロッパ語族ではあるが語族内に近縁を持たない孤立言語。 ヨーロッパで最もイスラム教徒の多い国。 オスマン帝国支配時代に多くの人がイスラム化。 イスラム教70%、アルバニア正教20%、カトリック10%。 宗教感は強くない。 中東っぽくもないし、ヨーロッパっぽくもない。 経済は、ヨーロッパ最貧クラス。 クラクション、鳴る。 イヌ、いる。 ゴミ、散乱。 道路、ボコボコ。 それでも、ここ数十年で急速に発展してきているというのは感じる。 30年前は、今とはまるで別世界だったに違いない。 1944〜1985年、約40年アルバニアを支配したエンヴェル・ホッジャ独裁政権。 ホッジャはソ連のスターリンに心酔。 スターリンと対立したユーゴスラビアと決別し、スターリンの死後はソ連とも決別、中国とも決別。 孤立して鎖国。 国民は国外へ出れず、外国人も入れず。 外国のテレビ、文化なども制限。 秘密警察による監視、粛清、政治犯収容。 宗教禁止、無神国家宣言。 と、国を破滅へと導くお手本のような社会主義独裁者の遍歴をたどっていった。 いつ敵国が攻めてくるかわからない、と疑心暗鬼になったホッジャは、国中を要塞化。 1万7000基ものトーチカを建設したが、頑丈なため壊すこともできず、現在もあちこちに残っている。 結果的には、どこの国もアルバニアを攻めてはこなかった。 現在はこのトーチカが観光名物になっていたり、内部が博物館になっていたり。 暑い国では、エアコン目的でショッピングモールへ。 しかし生ぬるい。 物価は、まったく安くない。 今までのEU圏と大差ない。 大型スーパーがなく格安商品を見つけられない分、むしろ高く感じる。 キオスクで買った何でもないドリンク、200レク(402円)。 アルバニア人が日本に来たとしても、自国の物価の半額ぐらいに感じるのかと思うとゾッとする。 小さな店は現金のみだが、スーパーはカード払い可。 いざとなったらユーロでも払えそうな感じもする。 ATMで現金を引き出そうとすると、800レク(1609円)以上の手数料を取られる。 アホか。 街中に両替屋が多数あるので...

リュブリャナ(Slovenia)→ティラナ(Albania) フライト

リュブリャナ 首都リュブリャナで滞在していた宿から空港まで約30km、けっこう遠い。 一国最大の国際空港にはとても見えず。 店一軒すらなし、途中のスーパーで食料と飲み物を買っておいて正解だった。 ラッピングサービスすらなし。 カートは有料でコイン投入式だが、運良く誰かが乗り捨てたものを拾えた。 深夜発。 1時間半ほどのフライト。 ベオグラード経由 セルビアはシェンゲン協定非加盟のため国際便扱い、トランジットでも出入国手続きあり。 ふつう、空港係員というのは無愛想だったり高圧的だったりするものなのだが、僕のパスポートを見てニッコリ笑い 、「アリガトウ」と言う。 それもひとりだけじゃなかった。 僕もセルビア語で、「Hvala lepo, Prijatno!」と返す。 おお、我が友セルビア。 今になって上陸したくなってきた。 クソ不親切で無責任で無礼者で無愛想だったスロベニア人とは天と地ほどのギャップだ。 同じスラブ人でも、しかも同じ国だった時期もあったのに、まったく別種だな。 また1時間半ほどのフライト。 ティラナ 同じくシェンゲン協定非加盟のため、出入国手続きあり。 とはいっても、無人の機械にパスポートを読み取らせて、顔写真を撮られて、数秒で完了。 スタンプなし。 90日以内の滞在であればビザ不要。 到着は午前2時半。 空港泊するつもりだったのだが、荷物を受け取ったらすぐに外に出るようなつくりになっている。 これじゃ空港泊はできない。 カートもなく、荷物を引きずって移動もできず、その場で自転車を組み立てて、座って夜明けを待つ。 ここまで来ると灼熱かと思いきや、夜は涼しい。 ショートフライトのため機内では眠れず、空港でも眠れず、ただ外で座る、あくびが止まらない。 Tirana, Albania 2880km

コルティナ・ダンペッツォ(Italy)→リュブリャナ(Slovenia)

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引き続き自転車道。 カナディアン・ロッキーを彷彿させる岩山。 険しい岩壁が遠ざかり、次第にふつうの山に。 下るのもったいないな。 南チロル、ドロミテをすぎると、自転車道消滅。 するとまたバイクの騒音地獄。 まだまだ下る。 澄み切ったきれいな川だが、あいにくの曇天で今ひとつ輝かない。 今から12年も前にFacebookでつながった人が小さな村に住んでおり、お誘いを受けた。 共通の知人がいたわけでもなく、どうやってつながったのかもよくおぼえてないが、時々メッセージを交わしていて、お会いするのは初。 彼は韓国生まれの韓国人だが、30年以上もイタリアに住んでおり、奥さんはアメリカ人。 ライフスタイルは完全にユーロピアン。 アジア人感は希薄。 でも僕より一周り年上で、幼少期すごした韓国は日本文化の影響が非常に強く、当時の日本の有名人や映画やアニメなんかは僕よりもずっとよく知っている。 自転車も徒歩も好きなようで、世界中を旅してきた豊富な経験がある。 日本だったらまだ年金をもらえる歳ではないが、すでにリタイアして優雅な生活を送っている。 ピッツァをごちそうになった。 14年前にイタリアを旅した時と同様、生地が薄すぎて、つまみ上げるとベロンっとなって具材が全部滑り落ちてしまう。 正式な食べ方はよくわからないが、生地を折り曲げて具材を包み込むようにして食べる。 感想も14年前と同じで、もちろんおいしいのは確かなのだが、日本のイタリアンレストランでも同等の、あるいはそれ以上のものが食べられる。 本場だからといって特別なものは感じない。 そして生地があまりにも薄すぎて、食事にはなりえない。 軽いおやつ程度のボリューム。 ごちそうになっておいてこんなことを言ってはいけないのだが、ここでは正直な感想を記しておく。 一晩泊めてもらって、ギターを弾かせてもらったり音楽の話をしたり。 ジェラート。 トリプルで€6(1114円)。 これも14年前と同じ感想。 ふつうとしか言いようがないぐらい、ふつう。 世界中で食べられるアイスクリームの平均。 日本および東南アジアにかけては、ソフトクリーム、シャーベット、かき氷、など実に多種多様なアイスが楽しめる。 日本のコンビニだけでも、世界のアイスをはるかに凌駕するバリエーション、しかも新商品が続々と出てくる。 他のほとんどの地域では、アイスといったら特に芸の...