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チュニス(Tunisia)

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首都チュニス。 灼熱の地中海性気候。 モロッコ-スペイン間ほど近距離ではないものの、イタリアのシチリア島からチュニジアまで140kmほどで、ヨーロッパの御近所。 アフリカ上陸、という実感はあまりない。 モロッコと並んで、チュニジアは北アフリカでは気軽に旅行できる国。 隣国のアルジェリアとリビアを旅行するのは困難なため、ある意味ここは陸の孤島。 陸路で北アフリカ横断はできず、チュニジアだけを旅して去るしかない。 アルジェリアはワンチャン旅できるのかな、だとしても冬季限定だな。 チュニジアの全盛期は、紀元前6〜3世紀頃。 海洋民族フェニキア人が現在のチュニスにカルタゴを建国し、西地中海の海上貿易を支配する覇権国となった。 紀元前3世紀頃にローマが台頭し、カルタゴと対立。 三度にわたるポエニ戦争でカルタゴ敗北、ローマに覇権を譲ることとなった。 結果としては敗北して滅びたものの、奇才ハンニバルによるローマ襲撃など、世界史のストーリーとしては盛り上がりを魅せるところ。 まさかイベリア半島からの大迂回ルートでアルプス側からローマを奇襲するとは、アレクサンドロス大王のインド遠征に負けないぐらいのインパクトだ。 現代の整備されたインフラでやったとしても過酷そう、しかもゾウに乗っていけるもんかね。 その後はローマの属州となり、現在もローマの遺跡が数多く残っている。 近代はオスマン帝国の支配下。 19世紀末からフランスの植民地。 独立は1956年。 植民支配から独立を主導した英雄が後に独裁化、というのはお約束のパターン。 初代大統領を追放して新たな改革を起こした二代目大統領も、最初は国民の支持を得たが間もなく独裁化。 2010年。 腐敗政治、汚職、高い失業率を背景に、露天商の若者が警察による商品没収や賄賂要求に抗議すべく、ガソリンをかぶって焼身自殺。 これを撮影した衝撃的な画像がSNSで拡散され、大規模な抗議運動へと発展。 翌2011年。 23年間政権の座に就いていた大統領は国外へ追放。 この革命が「アラブの春」となってエジプト、リビア、イエメン、シリア、へと波及。 チュニジアを象徴する花にちなんで「ジャスミン革命」とも呼ばれた。 2024年シリアのアサド政権崩壊で、一応の終着を見せたアラブの春。 しかし独裁者を倒したからといって、民主化、平和になるほど現実は単純ではない。 悪しき独裁...

ティラナ(Albania)→チュニス(Tunisia)

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ドゥラス→バーリ ティラナから西へ40kmほど、港街ドゥラスへ。 今回の旅で利用しているeSIMアプリのHolafly。 無制限プランで目的地は「ヨーロッパ」に設定しているのだが、アルバニアはこの「ヨーロッパ」に入っていない。 でも対象国外でも1GBまでなら接続できる。 日本からエストニアに飛んだ時、経由地の北京でも接続できたのはそういうことだった。 ただこの対象国外では接続が悪く、特に田舎街ではいつまで待ってもつながらない時もある。 ドゥラスからフェリーでイタリアのバーリへ。 出港は23時。 乗船開始は19時半。 港に到着したのは16時。 10時間の航海。 €81.99(15203円)。 チェックインカウンターで、予約画面とパスポートを提示して、紙のチケットをプリントしてもらう。 長い待ち時間。 待合室はエアコンが弱すぎて居られない。 外の日影の方がまだ少し風が吹いてマシ。 非シェンゲンからシェンゲンに再入国するので、このフェリーは国際便。 出国手続きをすませてから乗船。 パスポートを提示して、簡単な質問をされただけ。 アルバニアレク。 ようやく乗船。 シャワーなし。 電源は、壁のコンセント早い者勝ち。 レストランは、サンドウィッチなど軽食のみ。 高いだけでサービスの悪いヨーロッパ。 今回の船旅も期待しないようにしていた。 案の定、気が利かない。 乗客は全員白人。 アジア人は僕だけ。 一応自分専用のシートが割り当てられているが、一度もそこには座らず。 人が少ないエリアの隅で壁のコンセントを確保して、横になって寝た。 床はカーペットで、マットなどいらずそのまま寝れた。 日本から持って来た冷感汗拭きシートがまだ残っている。 シャワーを浴びれない時は、これで全身を拭いてから寝る。 海外でもこういう便利アイテムは売ってるのだろうか、少なくともスーパーでは見かけないな。 バーリ→ナポリ 翌朝9時、バーリ港到着。 パスポートを提示して、難なく入国完了。 ここからナポリまで約300km、バスで行く。 このルートは2012年に自走している。 ひたすら農場地帯で、もう一度走りたいと思えるものではない。 当時はスマホも使わずに、複雑なヨーロッパの道路をよく走れたなとは思う。 バスや電車が苦手な僕だが、今はAI君があらゆる疑問について懇切丁寧に教えてくれる。 わざわざサイトを見て細部ま...

ティラナ(Albania)

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首都ティラナ。 35℃。 バルカン半島の一国だが、旧ユーゴでもないしスラブでもない、アルバニア人の国。 隣国のギリシャもそうだが、「ラテン・ゲルマン・スラブ」のいずれの系統にも属さない独自民族。 言語も、インド・ヨーロッパ語族ではあるが語族内に近縁を持たない孤立言語。 ヨーロッパで最もイスラム教徒の多い国。 オスマン帝国支配時代に多くの人がイスラム化。 イスラム教70%、アルバニア正教20%、カトリック10%。 宗教感は強くない。 中東っぽくもないし、ヨーロッパっぽくもない。 経済は、ヨーロッパ最貧クラス。 クラクション、鳴る。 イヌ、いる。 ゴミ、散乱。 道路、ボコボコ。 それでも、ここ数十年で急速に発展してきているというのは感じる。 30年前は、今とはまるで別世界だったに違いない。 1944〜1985年、約40年アルバニアを支配したエンヴェル・ホッジャ独裁政権。 ホッジャはソ連のスターリンに心酔。 スターリンと対立したユーゴスラビアと決別し、スターリンの死後はソ連とも決別、中国とも決別。 孤立して鎖国。 国民は国外へ出れず、外国人も入れず。 外国のテレビ、文化なども制限。 秘密警察による監視、粛清、政治犯収容。 宗教禁止、無神国家宣言。 と、国を破滅へと導くお手本のような社会主義独裁者の遍歴をたどっていった。 いつ敵国が攻めてくるかわからない、と疑心暗鬼になったホッジャは、国中を要塞化。 1万7000基ものトーチカを建設したが、頑丈なため壊すこともできず、現在もあちこちに残っている。 結果的には、どこの国もアルバニアを攻めてはこなかった。 現在はこのトーチカが観光名物になっていたり、内部が博物館になっていたり。 暑い国では、エアコン目的でショッピングモールへ。 しかし生ぬるい。 物価は、まったく安くない。 今までのEU圏と大差ない。 大型スーパーがなく格安商品を見つけられない分、むしろ高く感じる。 キオスクで買った何でもないドリンク、200レク(402円)。 アルバニア人が日本に来たとしても、自国の物価の半額ぐらいに感じるのかと思うとゾッとする。 小さな店は現金のみだが、スーパーはカード払い可。 いざとなったらユーロでも払えそうな感じもする。 ATMで現金を引き出そうとすると、800レク(1609円)以上の手数料を取られる。 アホか。 街中に両替屋が多数あるので...