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インナートキルヒェン→アンデルマット(Switzerland)

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いざ、峠攻め。 スイスもこれだけ自転車大国でも、都市部をのぞいて自転車レーンはない。 自転車は車道走行。 ピークシーズンの今は絶え間ない交通量。 サイクリストにとって恐怖のトンネル。 でもちゃんと自転車歩行者用に迂回ルートがあって安心。 束の間の静寂。 峠越えのしんどさは、標高よりは傾斜と暑さ。 アルプスは標高は低いが険しい。 でも険しいおかげで影が多く、午前中はしばらく直射日光を避けられる。 ちょっと涼しいだけでも体力の消耗を抑えられる。 スイスは世界有数の水力発電大国。 自然エネルギーだけで電力をまかなえるのは人口の少ない小国のみ。 人口1000万人を上限とする法案は、移民問題だけでなくエネルギー問題もかねていた。 人口増加にともなって、原子力発電所の増設を問う議論も起きている。 アルプスは、ヨーロッパの給水塔。 ライン川やローヌ川をはじめとする河川の源流となっており、周辺諸国に供給する重要な水源となっている。 スイスが他国に悪さをすることはないが、水源を握っているというのも強力なカードではある。 しかし記録的な熱波の影響で、氷河や雪の消失が加速している。 短期的には氷河が溶けることで大量の水を供給できるようになるが、長期的には氷河という天然の貯水池が縮小することで水不足になることが予測されている。 もはや夏のアルプスで雪山を見ることはできないのね。 2012年にスイスを旅した時、峠道はまだ積雪のため閉鎖されていた。 今回はそのリベンジだ。 やっぱ自転車旅はこれよ。 登ってこそ自転車旅。 ここまで登れば空気もヒンヤリ。 グリムゼル峠(標高2164m)。 いったん下る。 次の登りが見えてしまった。 いったん下ったところにトイレがあった。 2フラン(389円)、と書かれていた。 あこぎな商売するなぁ。 使わんけど。 これから登る道がまったく見えないのも不安だけど、全部丸見えっていうのもどうだかな。 後ろを振り返って、今グリムゼルから下ってきた道。 数分おきぐらいにサイクリストとすれ違う。 一日何百人ものサイクリストがアルプスの峠に向かう。 車、バイク、自転車、そしてハイキングする人。 単純にここを通過するためではなく、レジャーで混雑する峠。 車もバイクも、走り屋が多い。 ふもとのインナートキルヒェンで連泊したのは休養のためでもあったが、日をずらすためというのもあった...

バーゼル→インナートキルヒェン(Switzerland)

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34℃。 乾いた空気で日本の暑さとは全然違うとはいえ、これは暑い。 オメガブロッキング。 偏西風が蛇行することにより、高気圧がヨーロッパ南部をオメガ(Ω)状に囲って停滞。 晴天が続いて地面が加熱され、おまけにアフリカから高温の空気が流れ込む。 こうして、鍋に蓋をするかのようなヒートドームが形成される。 周期は一定ではないが、だいたい数日〜2週間ほどでオメガが崩れて偏西風が吹き込み、雨を伴う低気圧となって気温低下する。 この繰り返し。 この現象自体は以前からあるものだが、近年の温暖化によってヒートドーム形成の頻度と長期化の傾向が高まっている。 キャンプ場、33フラン(6440円)。 えっ!? 耳を疑った。 キャンプ場でこれは史上最高額。 円安+物価高+ピークシーズン、のトリプルパンチ。 今はどこのキャンプ場も「Fully Booked」と看板が出ており、車、特にキャラバンは予約してないとどこにも泊まれない。 サイクリストは予約なしでもテントを張らせてもらえるが、キャンプ場によってはお願いしてなんとかギリギリということもある。 どこの国も原則、野宿は禁止。 野宿するなら身を隠す必要があるが、スイスは森が少なく平地も少なく、人目につくところでテントを張ったりしたら確実に通報される。 キャンプ場でキャンプさせてもらえるだけでも助かると思わなければならない。 2012年にスイスを旅した記録を見返してみると、「キャンプ場は13〜15フランが相場」と書かれている。 場所によっては20フラン以上のところもあったようだが。 シーズンは5月でまだ低価格だった。 当時は1フラン=83円ほど。 13〜15フランだと1089〜1257円。 それでも「スイスたけえな」と愚痴をこぼしていた。 牧歌的な時代だった。 現在、1フラン=195円。 対ドルや対ユーロ以上に、対フランで円の相対価値はゴミクズ化している。 わずかな年数で世界は一変する。 国土の7割が山岳地帯。 耕地面積は限られ、資源もなく、産業といったら畜産業ぐらいの小さな内陸国。 もともとスイスはヨーロッパでも貧しい国だった。 他国と違ったのは、身体能力。 空気の薄い険しい山岳で鍛えられた屈強な兵士が育ち、傭兵として他国に派遣された。 体力だけでなく忠誠心の強さも高く評価され、スイス人傭兵は高値で取り引きされた。 19世紀に他国への傭兵派...