ギュムリ(Armenia)→トビリシ(Georgia)
アルメニアの人口は約300万人だが、国外の世界各地に約700万人のアルメニア人がいる。 ユダヤ人やアイルランド人と並んでアルメニア人も、歴史的な離散によって国内よりも国外にその多くの人口を持つ民族。 周囲の大国が衝突する地域にあったアルメニアは、外国勢力の侵略による国家の喪失、分断、迫害、宗教的圧力、また商人や職人の自主的な移住など、歴史上さまざまな要因で離散していった。 イスラエルのエルサレム旧市街は3つの宗教の聖地ということで、狭小な城壁内にユダヤ人地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区があるが、さらにもうひとつ、アルメニア人地区がある。 4〜5世紀頃、世界最古のキリスト教国家であるアルメニアから、巡礼者たちが移住してきてコミュニティをつくり、現在もその居住区が存在している。 他の国でも、アルメニア正教の教会を何度か見かけた記憶がある。 アルメニア人離散の最たるものが、19世紀末から第一次世界大戦にかけてのオスマン帝国による強制移住と虐殺。 トルコとアルメニアが国交断絶しているのは、これが最大の要因。 アゼルバイジャンもトルコ系民族であり、アルメニアとの領土紛争においてトルコがアゼルバイジャンを支援。 オイルマネーで強大な軍事力をつけたアゼルバイジャンにトルコがバックにつけば、弱小国アルメニアにとって多大な脅威となる。 アルメニアの同盟国であるロシアが平和維持部隊を派遣して支援したこともあったが、NATOでも指折りの軍事力を持つトルコと対峙するリスクを負ってまでアルメニアを守るメリットはないと判断したのか、最終的にはアゼルバイジャンによる攻撃にロシアは介入せず、アルメニア惨敗。 紛争地のナゴルノ・カラバフは、住民の大半がアルメニア人で実行支配していたのもアルメニア人だっだにもかかわらず、完全にアゼルバイジャン領として決着。 この地から10万人以上のアルメニア人がアルメニアに押し寄せ、離散とは逆の急激な人口増加という混乱が生じた。 現在アルメニアは、ロシアとは距離をとってEUに接近。 今年5月、EU・アルメニア首脳会談が開催された。 まだ加盟候補国にはいたっておらず長い道のりになるだろうが、加盟の意志を認められ、実現に向けて動き出している。 アルメニア(Bavra)→ジョージア(Guguti) 国境越え アルメニアは西のトルコとは国境閉鎖、東のアゼルバイジャンも...