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ティラナ(Albania)

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首都ティラナ。 35℃。 バルカン半島の一国だが、旧ユーゴでもないしスラブでもない、アルバニア人の国。 隣国のギリシャもそうだが、「ラテン・ゲルマン・スラブ」のいずれの系統にも属さない独自民族。 言語も、インド・ヨーロッパ語族ではあるが語族内に近縁を持たない孤立言語。 ヨーロッパで最もイスラム教徒の多い国。 オスマン帝国支配時代に多くの人がイスラム化。 イスラム教70%、アルバニア正教20%、カトリック10%。 宗教感は強くない。 中東っぽくもないし、ヨーロッパっぽくもない。 経済は、ヨーロッパ最貧クラス。 クラクション、鳴る。 イヌ、いる。 ゴミ、散乱。 道路、ボコボコ。 それでも、ここ数十年で急速に発展してきているというのは感じる。 30年前は、今とはまるで別世界だったに違いない。 1944〜1985年、約40年アルバニアを支配したエンヴェル・ホッジャ独裁政権。 ホッジャはソ連のスターリンに心酔。 スターリンと対立したユーゴスラビアと決別し、スターリンの死後はソ連とも決別、中国とも決別。 孤立して鎖国。 国民は国外へ出れず、外国人も入れず。 外国のテレビ、文化なども制限。 秘密警察による監視、粛清、政治犯収容。 宗教禁止、無神国家宣言。 と、国を破滅へと導くお手本のような社会主義独裁者の遍歴をたどっていった。 いつ敵国が攻めてくるかわからない、と疑心暗鬼になったホッジャは、国中を要塞化。 1万7000基ものトーチカを建設したが、頑丈なため壊すこともできず、現在もあちこちに残っている。 結果的には、どこの国もアルバニアを攻めてはこなかった。 現在はこのトーチカが観光名物になっていたり、内部が博物館になっていたり。 暑い国では、エアコン目的でショッピングモールへ。 しかし生ぬるい。 物価は、まったく安くない。 今までのEU圏と大差ない。 大型スーパーがなく格安商品を見つけられない分、むしろ高く感じる。 キオスクで買った何でもないドリンク、200レク(402円)。 アルバニア人が日本に来たとしても、自国の物価の半額ぐらいに感じるのかと思うとゾッとする。 小さな店は現金のみだが、スーパーはカード払い可。 いざとなったらユーロでも払えそうな感じもする。 ATMで現金を引き出そうとすると、800レク(1609円)以上の手数料を取られる。 アホか。 街中に両替屋が多数あるので...

リュブリャナ(Slovenia)→ティラナ(Albania) フライト

リュブリャナ 首都リュブリャナで滞在していた宿から空港まで約30km、けっこう遠い。 一国最大の国際空港にはとても見えず。 店一軒すらなし、途中のスーパーで食料と飲み物を買っておいて正解だった。 ラッピングサービスすらなし。 カートは有料でコイン投入式だが、運良く誰かが乗り捨てたものを拾えた。 深夜発。 1時間半ほどのフライト。 ベオグラード経由 セルビアはシェンゲン協定非加盟のため国際便扱い、トランジットでも出入国手続きあり。 ふつう、空港係員というのは無愛想だったり高圧的だったりするものなのだが、僕のパスポートを見てニッコリ笑い 、「アリガトウ」と言う。 それもひとりだけじゃなかった。 僕もセルビア語で、「Hvala lepo, Prijatno!」と返す。 おお、我が友セルビア。 今になって上陸したくなってきた。 クソ不親切で無責任で無礼者で無愛想だったスロベニア人とは天と地ほどのギャップだ。 同じスラブ人でも、しかも同じ国だった時期もあったのに、まったく別種だな。 また1時間半ほどのフライト。 ティラナ 同じくシェンゲン協定非加盟のため、出入国手続きあり。 とはいっても、無人の機械にパスポートを読み取らせて、顔写真を撮られて、数秒で完了。 スタンプなし。 90日以内の滞在であればビザ不要。 到着は午前2時半。 空港泊するつもりだったのだが、荷物を受け取ったらすぐに外に出るようなつくりになっている。 これじゃ空港泊はできない。 カートもなく、荷物を引きずって移動もできず、その場で自転車を組み立てて、座って夜明けを待つ。 ここまで来ると灼熱かと思いきや、夜は涼しい。 ショートフライトのため機内では眠れず、空港でも眠れず、ただ外で座る、あくびが止まらない。 Tirana, Albania 2880km

コルティナ・ダンペッツォ(Italy)→リュブリャナ(Slovenia)

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引き続き自転車道。 カナディアン・ロッキーを彷彿させる岩山。 険しい岩壁が遠ざかり、次第にふつうの山に。 下るのもったいないな。 南チロル、ドロミテをすぎると、自転車道消滅。 するとまたバイクの騒音地獄。 まだまだ下る。 澄み切ったきれいな川だが、あいにくの曇天で今ひとつ輝かない。 今から12年も前にFacebookでつながった人が小さな村に住んでおり、お誘いを受けた。 共通の知人がいたわけでもなく、どうやってつながったのかもよくおぼえてないが、時々メッセージを交わしていて、お会いするのは初。 彼は韓国生まれの韓国人だが、30年以上もイタリアに住んでおり、奥さんはアメリカ人。 ライフスタイルは完全にユーロピアン。 アジア人感は希薄。 でも僕より一周り年上で、幼少期すごした韓国は日本文化の影響が非常に強く、当時の日本の有名人や映画やアニメなんかは僕よりもずっとよく知っている。 自転車も徒歩も好きなようで、世界中を旅してきた豊富な経験がある。 日本だったらまだ年金をもらえる歳ではないが、すでにリタイアして優雅な生活を送っている。 ピッツァをごちそうになった。 14年前にイタリアを旅した時と同様、生地が薄すぎて、つまみ上げるとベロンっとなって具材が全部滑り落ちてしまう。 正式な食べ方はよくわからないが、生地を折り曲げて具材を包み込むようにして食べる。 感想も14年前と同じで、もちろんおいしいのは確かなのだが、日本のイタリアンレストランでも同等の、あるいはそれ以上のものが食べられる。 本場だからといって特別なものは感じない。 そして生地があまりにも薄すぎて、食事にはなりえない。 軽いおやつ程度のボリューム。 ごちそうになっておいてこんなことを言ってはいけないのだが、ここでは正直な感想を記しておく。 一晩泊めてもらって、ギターを弾かせてもらったり音楽の話をしたり。 ジェラート。 トリプルで€6(1114円)。 これも14年前と同じ感想。 ふつうとしか言いようがないぐらい、ふつう。 世界中で食べられるアイスクリームの平均。 日本および東南アジアにかけては、ソフトクリーム、シャーベット、かき氷、など実に多種多様なアイスが楽しめる。 日本のコンビニだけでも、世界のアイスをはるかに凌駕するバリエーション、しかも新商品が続々と出てくる。 他のほとんどの地域では、アイスといったら特に芸の...

コルティナ・ダンペッツォ(Italy)

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標高1100m、コルティナ・ダンペッツォ。 山岳リゾート。 街中ももちろん歩行者自転車道完備。 同じアルプスでも今までとは異なる、ギザギザに切り立った山々が特徴的なドロミテ山地。 2億年前ここは海底で、地殻変動で隆起したサンゴ礁が石化し、氷河によって削られ、途方もない年月をかけて現在の形になった。 コルティナ・ダンペッツォは、ドロミテの主要都市。 イタリア語が8割以上、ドイツ語はわずか。 そして、正確な統計データはつかみづらいが、ラディン語という希少言語話者が存在している。 ラディン語は、古来よりアルプス山地で話されてきたラテン系言語で、スイスの公用語のひとつであるロマンシュ語の仲間。 南からイタリア語話者が、北からドイツ語話者がやって来たことで、これらの古いラテン系言語は減少し希少言語となっていった。 ラディン語は山間部の村ごとに方言差が大きく、ひとつの明確な言語としてはとらえづらいようだ。 ドロミテの険しい地形がこの言語を減少させてきたとも言えるし、残存させてきたとも言える。 消滅危機言語ではあるが、現在は行政によって保護されている。 旅行者としては、ラディン語が耳に入って来たとしてもなかなか気づかないだろう。 しかし今回のルート上ではないが、近隣には9割がラディン語話者という村もあるそうだ。 今年2026年冬季オリンピックがここで開催されるのか、と思ったらもう終わったんだって。 ニュース情報収集はもっぱらネット。 どうしても取捨選択してしまうから、冬季オリンピックがいつどこでやったかなんて、まあ知らないよね。 一応予約サイトで宿情報なんかも見てみたりはするのだが、イタリアンアルプスで安宿は皆無。 論外としか言いようがない物件しか出てこない。 ユースホステル等も存在はしているようだが、今シーズンはもう予約取れないっぽい。 Warmshowersも、有名観光地やリゾート地だと良い返事がもらえる可能性はとても低い。 巨大キャンプ場。 何百人、どころじゃないかもしれない。 見渡せないほど広大な敷地。 ただでさえリゾートで高額だというのに、あいにくちょうど今が最高値のシーズン。 €34(6265円)。 めずらしく、木陰。 他のテントとの距離も十分。 とにかく広くて、トイレ・シャワーの建物までまあまあ歩く。 ゴミを捨てに行ったり洗い物に行ったりなど、往復の回数を最小限に抑...