クスコ 1 (Peru)
標高3400m。
インカ帝国の都、クスコ。
観光大国ペルー。
中でもここクスコは主要観光拠点のひとつ。
「クスコ」はケチュア語で「ヘソ」の意。
コロナ終息でようやく客足が戻ってきた矢先の反政府デモ。
この大打撃でペルーの観光収入は4億ドルの損失を被ったと試算されており、ホテルやレストランなどで従業員が大量解雇され、クスコ市内だけで4万人の雇用が失われたという。
それでも街は活気を取り戻しつつあるようで、今は外国人旅行者も少なくない。
ただ、客引きからすごい声をかけられる。
マッサージだとか絵を買ってくれだとか写真を撮れだとか。
申し訳ないが長旅の者としてはそういったことにお金を落とせない。
Ukukus Hostel。
ドミトリー21ソル(756円)。
カード払いだと+7%。
部屋を独占、どころかこの宿全体で客は僕一人だけ。
立派なキッチンもあるが、無人。
この状況でもスタッフ数人が常備し、館内を掃除していたりするのを見るのは忍びない。
クスコは僕のお気に入りの街。
街自体が遺跡のようなものだからだ。
あちこちで見られるインカの石垣。
この変態的職人芸にただ見とれてしまう。
グイグイと引き込まれる魔力。
単に頑丈な石垣を組むだけなら、ここまで神業的技巧を凝らす必要はなかっただろう。
破壊的侵略者であったスペイン人もこれは壊すに壊せず、これを土台とした上に西欧の建築物をマウントするしかなかった。
ユーラシア大陸を基準とする人類の文明から隔絶され、独自に進化してきた南米大陸の異常なまでに偏った石造技術に、ある種の性癖を感じる。
土台となる底部に小さな石を敷き詰めて、
あんな高いところにわざわざ大きな石を置く。
石をカットする技術があるなら、四角く手頃なサイズにカットして、規則正しく積み上げていけばいい。
耐震性を高めるためだとしても、こんな不規則で奇をてらうような構成になるのは不可解。
やはりこれは変態。
インカ文明には、金銀銅など金属精錬の技術はあったものの鉄器は存在せず、車輪も存在しなかった。
文字も存在しないので記録はなく、謎を解明するには石を見つめるしかない。
インカの謎かけに頭を悩ませたいこの時間にも、しきりに「マッサージ、アミーゴ、マッサージ」と囁かれる。
インカと全然関係ない、なんでマッサージされなきゃあかんねん。
スペインによるインカ瞬殺は、人類の歴史上でも特に際立って象徴的。
当時インカの軍勢8万人に対して、スペインはわずか168人の兵士で侵攻。
いくら近代兵器で武装した精鋭とはいえ、さすがにこれは多勢に無勢、しかもインカのホームは低酸素高地。
しかし結果としては、インカはスペインの近代兵器によってではなく、天然痘によって滅ぼされた。
スペイン人によって持ち込まれたこの未知の疫病に対してインカ人は免疫がなく、すさまじいスピードでバタバタと死んでいき、インカのみならず中南米全域で人口が10分の1にまで激減したという。
天然痘、黄熱病、結核、麻疹、ペスト、コレラ、チフス、エボラ、インフルエンザ、などよく耳にする疫病は、動物由来。
人類は農業を始めたことで家畜とともにすごすようになり、家畜が保有する病原菌が感染し、それによって人類は疫病と戦う歴史を歩むこととなった。
ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ラクダ、などの代表的な家畜は、すべてユーラシア原産。
ユーラシア以外で、農業を確立し高度な文明が勃興したのは中南米のみ。
しかし南米で家畜化された動物はリャマとアルパカぐらいで、家畜化開始時期はユーラシアより5000年の遅れをとった。
ユーラシア人はより多くの家畜とより長い時間をすごしたことで、より多くの疫病を経験し、より多くの免疫を獲得していた。
ユーラシア大陸vs新大陸、勝負の明暗はこれですでに決まっていた。
スペイン人もまさか自覚していなかっただろう。
大陸ガチャとでもいうべきか、ユーラシアに生まれた時点で勝ち組確定していたのだ。
新大陸侵略後、スペイン・ポルトガルの君臨は長くは続かなかったが、ユーラシアの圧倒的優位性をもって他の大陸を植民支配して富を蓄えた西欧社会は、産業革命を起こし、資本主義を確立し、大英帝国によってその支配が不動のものとなり、その後継者としてアメリカ合衆国が覇権を握ることとなった。
現在にいたるまで続く西欧社会無双のこの世界は、いち早く農業を確立し文明を発生させる条件に恵まれたユーラシア大陸の地理的優位性に起因するものであり、免疫力という強力なアドバンテージをぶちまけてインカを滅ぼした500年前のその瞬間を発端としているといえる。
Cusco, Peru